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2014

慌しく年末が過ぎ、いつしか年の瀬になっている 昨日で忘年会も終わりだが、今年は中学校の同窓会があった 23時に地元に帰ってから参加したが、かなりの大人数の参加で驚いた 当たり前だけど、30歳ともなれば、皆それぞれ違った生活をして、全く違う人生を歩んでいる 結婚は当たり前で、子どもが二人いるような同級生もザラ たった15年間で、人は仕事をしてお金を稼ぎ、家族を増やすこともできるんだと当たり前のことに偉く凄いと思った 自分はろくに話せる近況話はないので、馴染みの人と軽く飲んで帰ろうという魂胆だったけれど、みんながたくさん興味をもって話しかけてくれたので、驚き嬉しい気持ちだった 何も残していないし、何も貢献していないのに、地元の友人はほんとに温かかった 久しぶりに吸った空気も東京の何倍も澄んでいるし、いつか帰ってきたいなと思ってしまった 自分は何をしていきたいのか、何ができるのか、30歳になったのにまだ不明確なままだ。 そうして時々悩みながら目の前の仕事に一心に取組むことで、今を生きることを続けてきただけで、今になってしまった こうありたい、という姿は自分の中にたくさんあるし、そのクオリティももっと高い。 120点を目指しながら人より時間をかけた努力をして80点を取り、生き抜いてきたようなスタンスで、特に優れてもいないし、120点を目指す理由を聞かれてもそれを目指す深い理由もない 今回も地元の友人に会って沢山感じたことだけれど、もっと人に貢献できる人にならないといけない 自分がよければ、自分の身の周りがよければよいとは決して思ってはいないけれど、知らぬままに自分中心にし、どこかで楽に生きようと思ってしまっている 仕事もプライベートも、今は反省しかしていない

新しい仕事

年度途中ではあるけれど、これから新しい仕事をやることになりそうだ スキルも知識も人間関係もじぶんが満たしているとは思えないが、それでも 任されるのは名誉なことだと考えてやらないといけない 豊臣秀吉が昔農民だったころ、名前すらなく織田信長から「サル」と呼ばれていた召使だったが、信長の草履を胸で温めて待っているほど、気を使う人間だったそうだ 誰でも出来る地味な仕事をしっかりとやる、人には威張れる仕事ではないかもしれないが、その地味な仕事をしっかりと、確実にこなせる人は、地味な仕事をいつまでも任されることはないと言われる。 よくある話だけれど、これは自分が好きなストーリーのひとつ。 自分がそのように地味な仕事をしっかりやれたか、やれているかは、正直胸を張って言えない。 だけど、いつもこの話を思い出して、誰でもそうやって生きているんだと考えて、地味な仕事へ少しでも前向きに取り組むようにしている。 というかそうでもしないとできない。 何が足りないとか、あれをしとけばよかったという沢山のことを、時間を限ってでもすこしづつやっていくという現在の過ごし方を続けていきたい

健康

あわただしく過ぎる毎日の中で、今日も職員が倒れた うちの係は先月一人がメンタルになってしまったばかりだが、その人の前に勤務していた前任者が 倒れてしまった 過呼吸と痙攣だそうだ 人が体調を崩すのは、本当に一瞬だと毎回思う 昨日まで元気だったとか、さっきまで明るく話していたなどと言って 次の瞬間には動けなくなってしまったりする でもそれは、誰にも当たり前に起こることなのだと思う 毎日細胞が生き死にしている事実なんだと思う ずっと動いていた機械が錆ついたり、メンテナンスが必要になるのと同じで 必ず人間だれしもトラブルやアクシデントが来るものだ 今日も、係長は誰よりも率先して動き、指示を出していた 何が起きても、適確に動き、そして対処していく当たり前のことが しっかりと出来る人間になりたいと感じた