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膝の怪我

久しぶりに、膝が腫れた 1月の初めから引っかかり感と疼痛がずっとあって、様子を見ていた 経験上、膝の中の状態が悪くなっているだろうことは想像してた そこで重い腰を挙げて、手術後3年ぶりに、主治医のもとへ行ってみた 南与野駅付近にクリニックを開業してからは、膝の異常で行くのは初めて 右ひざは17歳から今までに4回も手術をしている 靱帯を2度断裂して、その再建手術が2回 その再建手術で靱帯をつなぎ止めたボルトを抜く手術が2回 その手術で半月板もとっているから、本当に何度も膝組織には迷惑をかけている もちろんすべて、一人の主治医によって手術をして治してもらっているから 主治医は俺にとっては感謝してもしきれない、神様のような存在 今までの13年間のサッカーや運動、日常生活すべてが一人の医者によって 支えられてきたようなものだ いなくなったら本当に困ってしまう そんな主治医がいるから 今回みたいに膝に異常があるものなら、どこにいようと診てもらおう、と思う 勤めている病院は17歳の時から実は4回変わっていて、毎回全ての病院で診てもらっている まったく優しさを感じられない態度なのに、「うん、みるよ」とつめたく言って、必ず治してくれた そんなことを思い出しながら、3年ぶりに診察を受けてきた 相変わらず無愛想で、長年のリピーターの自分のことを覚えているのかすらよくわからないが、それでも真摯で適確な順序で診察をしていく 膝の異常で一番問題なのは、前十字靱帯 これは二度と再生しない組織で、切れていたら手術をして新しく作らない限りスポーツは出来なくなるから 手術をしても、長いリハビリを経て、復帰まで半年から1年もかかる重傷だ 次に、膝の骨と骨の間にある半月板 これも再生しない組織で、これが欠けたりすると骨に挟まり、歩けなくなるから これも手術が必要で、靱帯どうようリハビリを経て、復帰まで4カ月から半年はかかる 今までに前十字靱帯を二回断裂して手術をし、両足の内側半月板も切除しているから それらの症状も絶望感も身体が覚えている 今回も、いつものように手技やテストで靱帯と半月板の状態を診ていく おそらく過去何千本も膝を診てきた主治医は、その精度は日本一だと思う 99%くらい、このアナログ診察で原因は心で...

2014

慌しく年末が過ぎ、いつしか年の瀬になっている 昨日で忘年会も終わりだが、今年は中学校の同窓会があった 23時に地元に帰ってから参加したが、かなりの大人数の参加で驚いた 当たり前だけど、30歳ともなれば、皆それぞれ違った生活をして、全く違う人生を歩んでいる 結婚は当たり前で、子どもが二人いるような同級生もザラ たった15年間で、人は仕事をしてお金を稼ぎ、家族を増やすこともできるんだと当たり前のことに偉く凄いと思った 自分はろくに話せる近況話はないので、馴染みの人と軽く飲んで帰ろうという魂胆だったけれど、みんながたくさん興味をもって話しかけてくれたので、驚き嬉しい気持ちだった 何も残していないし、何も貢献していないのに、地元の友人はほんとに温かかった 久しぶりに吸った空気も東京の何倍も澄んでいるし、いつか帰ってきたいなと思ってしまった 自分は何をしていきたいのか、何ができるのか、30歳になったのにまだ不明確なままだ。 そうして時々悩みながら目の前の仕事に一心に取組むことで、今を生きることを続けてきただけで、今になってしまった こうありたい、という姿は自分の中にたくさんあるし、そのクオリティももっと高い。 120点を目指しながら人より時間をかけた努力をして80点を取り、生き抜いてきたようなスタンスで、特に優れてもいないし、120点を目指す理由を聞かれてもそれを目指す深い理由もない 今回も地元の友人に会って沢山感じたことだけれど、もっと人に貢献できる人にならないといけない 自分がよければ、自分の身の周りがよければよいとは決して思ってはいないけれど、知らぬままに自分中心にし、どこかで楽に生きようと思ってしまっている 仕事もプライベートも、今は反省しかしていない

新しい仕事

年度途中ではあるけれど、これから新しい仕事をやることになりそうだ スキルも知識も人間関係もじぶんが満たしているとは思えないが、それでも 任されるのは名誉なことだと考えてやらないといけない 豊臣秀吉が昔農民だったころ、名前すらなく織田信長から「サル」と呼ばれていた召使だったが、信長の草履を胸で温めて待っているほど、気を使う人間だったそうだ 誰でも出来る地味な仕事をしっかりとやる、人には威張れる仕事ではないかもしれないが、その地味な仕事をしっかりと、確実にこなせる人は、地味な仕事をいつまでも任されることはないと言われる。 よくある話だけれど、これは自分が好きなストーリーのひとつ。 自分がそのように地味な仕事をしっかりやれたか、やれているかは、正直胸を張って言えない。 だけど、いつもこの話を思い出して、誰でもそうやって生きているんだと考えて、地味な仕事へ少しでも前向きに取り組むようにしている。 というかそうでもしないとできない。 何が足りないとか、あれをしとけばよかったという沢山のことを、時間を限ってでもすこしづつやっていくという現在の過ごし方を続けていきたい

健康

あわただしく過ぎる毎日の中で、今日も職員が倒れた うちの係は先月一人がメンタルになってしまったばかりだが、その人の前に勤務していた前任者が 倒れてしまった 過呼吸と痙攣だそうだ 人が体調を崩すのは、本当に一瞬だと毎回思う 昨日まで元気だったとか、さっきまで明るく話していたなどと言って 次の瞬間には動けなくなってしまったりする でもそれは、誰にも当たり前に起こることなのだと思う 毎日細胞が生き死にしている事実なんだと思う ずっと動いていた機械が錆ついたり、メンテナンスが必要になるのと同じで 必ず人間だれしもトラブルやアクシデントが来るものだ 今日も、係長は誰よりも率先して動き、指示を出していた 何が起きても、適確に動き、そして対処していく当たり前のことが しっかりと出来る人間になりたいと感じた

いとこ

ときどき、ふと思い出すひとがいる。 従兄のH。 俺より3つ年上だけど、俺が26歳の時に亡くなってしまった。 登山家で、世界中の山を登っていた。 亡くなったのはアルゼンチンの氷山の谷間。落下しても、死体を回収するのに数日はかかったそうだ。 久しぶりに会ったときは骨になっていた。 ときどき日本で日雇いや季節労働者のような仕事をして、また山に行く生活を 何年もしていたらしい。 らしい、というのは俺も10年ほど会えなかったからだ。 それくらい夢中で生きていた人だった、と思う 俺が3歳くらいの時から、兄のようにいつも遊んでもらった。 従兄の家は農家で、裏には山があったから、いつも二人で山に行った。 木登りをしたり、柿を食べたり、釣りをしたり、ブランコを作ったり悪ふざけをしたり色々やった。 俺の幼少時の記憶はいつもHと一緒だ。 当時から運動神経には自信があったけれど、Hは段違いに木登りが早く上手かった。 足場や枝がないのに、何十メートルもの高さまで登るくらいすごい能力だった。 また、「雨の匂い」がわかるんだ、といって、匂いがしたと言ったら本当に雨が来たことを今でも 覚えている。虫も、魚も、花も、自然にとても詳しかった。 Hは深い目をしていた。 動物はもちろん、自然のことにすごく敏感で、独特の考えをしていた。 もともと人見知りだったけれど、Hとはいつも自然の中で会話していた。 言葉では無くても、透明なコミュニケーションがとれていた時間だったと思う。 在り来たりに、勉強をしたり、恋をしたり、ゲームをしたり、仕事をしたり、家庭を築いたり、そういう 時間を全て捨てて、山と自然と付き合っていくという時間を選んだ人 そんな印象の人 家族からは叱られたこともあったみたいだけど、Hは自分の人生を全うに生きた存在だったと 俺は葬式で感じた。 きっと、しぬ間際も、全力で生き生きと山に向かっていたはずだし、そこに後悔なんてなかったと思 う。

29

つい先日、29歳になりました。 30歳まであと360日くらいで、悪い意味で大人になってしまったような気がしました。 悪い意味で、というのは、身の回りのことに多くを求めなくなってきた実感があるのです。 仕事についていて、続けられる見込みがあって、趣味も複数あって、身体も健康で、落ち着いた精神状態で生きていけるので、とても恵まれた環境の日々を送っている気がします。 人間関係も良好で、いい上司といい職場で新しい仕事が出来ているので、これを機にたくさん吸収していきたいと思っています。 趣味でいえば、新しくシーバス釣りにも行きたいし、自転車を購入して走りに行ってみたいし、株も始めたい。どれもサポートしてくれる素敵な人達が周りにいるので、見渡すと恵まれているなあと思うわけです。 昔の付き合いもあるうえに、新しい付き合いもいくつか広がっていて客観的に言ってもいい環境。 でもでも、昔はそれでもさらに欲があった気がするんですよね。 あれしたい、こうなりたい、こうあるべきだ等等、成就可能性は別として、夢を見ていたんだけど、今は目の前にあることに感謝し、スケールの小さい人間になってしまった気がするのです。 贅沢なのかもしれないけど、俺にしか出来ない打ちこめるものを、求めている気がするんです。 そう思えるようになったのは、余裕が出てきた証拠なのかな。

準備

新年あけましておめでとうございます。 2013年は、今までの28年がそうであったように また想像がつかないようないろいろなことが起こる1年になると思います。 そんないろいろなことが起こる毎日について、ふと考えたことを今日は綴ってみたいと思いました 待ち受けているすべての物事には、事前に準備ができるものと、そうでないもの、すなわち突然おとずれるものがある。 準備ができる物事は、全ていい準備をして臨めたら、落ち着いて対応して、いい気持ち(緊張も)で過ごせて、結果的にうまくいく、もしくはうまくいく可能性が高くなる。 突然おとずれる物事は、びっくりするし、あせるし、すぐにいい行動や意思決定をするのがむずかしい時がある。もちろん、その場の行動でうまくいくこともあるけれど。 世の中の全てのことって、大雑把に大きくわけると、この2つに分けられると思う。 自分はそれに対してどうかというと、「準備ができる物事」については良く調べ、周りに聞いて、自分なりの準備をしている。それが習慣になり、ルーティンになっていることも多い。これが何事にもしっかりできる人は、努力家とか真面目と捉える人も多くて、実際にそうだと自分でも思う。それに加えて緊張しやすい性格や、人前で恥をかきたくないとか性分が影響していると自分では感じる。 まず、新しい経験をする際には、必ず誰かに話し、まず意見をもらう。本を読むときもあるし、ネットでは必ず検索エンジンで叩いて過去の経験者の体験を読んで頭で空想する。そうやってある程度情報を得たうえで、今度はいかに準備をしていくかを段階的に整理をし、そして準備の実践に移る。 準備の実践では、思っていたほどうまくいかなくて焦ることもあれば、案外楽勝だと感じで時間や労力をコントロールしたりする。この間も、身近な人に近況を話したり、過去の経験談を参考にして自分の状態が問題ないかを随時確かめてみる。 そうして準備を段階的に進めていって、最後に本番のようにリハーサルを何度もし、「これだけ準備をしたんだからきっとうまくいく」という自信と「準備をしても、失敗は誰にでもあるんだから」という予防線を心に持つことで、本番に精神的に楽な状態ではいっていけるようにする。 時間や人間関係(相談できる人の有無)などで左右されるものの、このプロセスを幾度も繰り返して生...