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考えすぎ

考えすぎという言葉があります 人からよく「考えすぎ」と言われるタイプと、そうでないタイプがいるのは周知の事実 俺はもちろん前者なんですが 考えすぎる人は、どれくらい考えると、考えすぎになるのか わからないですよね そもそも、それがわかるなら、考えすぎることはありません よく考えたほうがいい 慎重に検討したほうがいい 起こる最悪の事態を検討する こんな言葉もあるくらいなので、決して考えすぎはいけないことではないです 考えすぎてタイミングを逸するとか 意味もなく悩むことが いけないからだと思います しかし、一番いいタイミングを求めるから、よく考えたり やっていることに意味があるのかどうか考えるから 実際に考えすぎてしまうんだと思います(笑) つまり矛盾しています この問いには答えはないです この文章ですら、考えすぎだと自覚します

選択肢

こんばんは 最近読書に地味にはまり、五木寛之さんなどを読んでおります。 今日はふと考えたことを書こうと思います。 「選択肢」という言葉について。 ケーキを食べるのか、煎餅を食べるのかに始まり 自分は今日何をするか、 自分は何をして生きていくか、など。 全てが選択肢ですよね? 俺は、今の現代は何をするにせよ、「選択肢がありすぎる」と思います。 さすがに「何を食べるか」はさほど悩みませんが 「どんな仕事をするか」 「どの会社を受けるか」 「どうお金を運用するか」 「どこに住むか」 「どのクルマを買うか」 エトセトラ・・・・ 自分にとって大事なことに対して、無数に選択肢があるせいで、そのつど真剣に無駄に迷う。 俺はいつもこういうのは悩む。 世の中の人間の悩みの70パーセントは「選択肢が多いから」だと思います。 残り30パーセントは何かを「やる」「やらない」の2択で悩むケース。 例えば、縄文時代にとある村に生まれて、男だから狩りをして、誰かと結婚して、土器なんかをつくっとる人生には、ほとんど大きい選択なんてありませんよね?? 村のどの女と結婚するか、くらいじゃないか?? 今より遥かに少ないスケール・選択肢の中で人生を生きる。 でも、そんな人生が嫌だなんて思わない。 だって本人も周りもそういう生き方しか知らないから。 じゃあ、果たしてこの現代の「選択肢の多さ」は幸せなことなのでしょうか?? 俺は諸刃の剣のような気がします。