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新しい仕事

年度途中ではあるけれど、これから新しい仕事をやることになりそうだ スキルも知識も人間関係もじぶんが満たしているとは思えないが、それでも 任されるのは名誉なことだと考えてやらないといけない 豊臣秀吉が昔農民だったころ、名前すらなく織田信長から「サル」と呼ばれていた召使だったが、信長の草履を胸で温めて待っているほど、気を使う人間だったそうだ 誰でも出来る地味な仕事をしっかりとやる、人には威張れる仕事ではないかもしれないが、その地味な仕事をしっかりと、確実にこなせる人は、地味な仕事をいつまでも任されることはないと言われる。 よくある話だけれど、これは自分が好きなストーリーのひとつ。 自分がそのように地味な仕事をしっかりやれたか、やれているかは、正直胸を張って言えない。 だけど、いつもこの話を思い出して、誰でもそうやって生きているんだと考えて、地味な仕事へ少しでも前向きに取り組むようにしている。 というかそうでもしないとできない。 何が足りないとか、あれをしとけばよかったという沢山のことを、時間を限ってでもすこしづつやっていくという現在の過ごし方を続けていきたい

健康

あわただしく過ぎる毎日の中で、今日も職員が倒れた うちの係は先月一人がメンタルになってしまったばかりだが、その人の前に勤務していた前任者が 倒れてしまった 過呼吸と痙攣だそうだ 人が体調を崩すのは、本当に一瞬だと毎回思う 昨日まで元気だったとか、さっきまで明るく話していたなどと言って 次の瞬間には動けなくなってしまったりする でもそれは、誰にも当たり前に起こることなのだと思う 毎日細胞が生き死にしている事実なんだと思う ずっと動いていた機械が錆ついたり、メンテナンスが必要になるのと同じで 必ず人間だれしもトラブルやアクシデントが来るものだ 今日も、係長は誰よりも率先して動き、指示を出していた 何が起きても、適確に動き、そして対処していく当たり前のことが しっかりと出来る人間になりたいと感じた

いとこ

ときどき、ふと思い出すひとがいる。 従兄のH。 俺より3つ年上だけど、俺が26歳の時に亡くなってしまった。 登山家で、世界中の山を登っていた。 亡くなったのはアルゼンチンの氷山の谷間。落下しても、死体を回収するのに数日はかかったそうだ。 久しぶりに会ったときは骨になっていた。 ときどき日本で日雇いや季節労働者のような仕事をして、また山に行く生活を 何年もしていたらしい。 らしい、というのは俺も10年ほど会えなかったからだ。 それくらい夢中で生きていた人だった、と思う 俺が3歳くらいの時から、兄のようにいつも遊んでもらった。 従兄の家は農家で、裏には山があったから、いつも二人で山に行った。 木登りをしたり、柿を食べたり、釣りをしたり、ブランコを作ったり悪ふざけをしたり色々やった。 俺の幼少時の記憶はいつもHと一緒だ。 当時から運動神経には自信があったけれど、Hは段違いに木登りが早く上手かった。 足場や枝がないのに、何十メートルもの高さまで登るくらいすごい能力だった。 また、「雨の匂い」がわかるんだ、といって、匂いがしたと言ったら本当に雨が来たことを今でも 覚えている。虫も、魚も、花も、自然にとても詳しかった。 Hは深い目をしていた。 動物はもちろん、自然のことにすごく敏感で、独特の考えをしていた。 もともと人見知りだったけれど、Hとはいつも自然の中で会話していた。 言葉では無くても、透明なコミュニケーションがとれていた時間だったと思う。 在り来たりに、勉強をしたり、恋をしたり、ゲームをしたり、仕事をしたり、家庭を築いたり、そういう 時間を全て捨てて、山と自然と付き合っていくという時間を選んだ人 そんな印象の人 家族からは叱られたこともあったみたいだけど、Hは自分の人生を全うに生きた存在だったと 俺は葬式で感じた。 きっと、しぬ間際も、全力で生き生きと山に向かっていたはずだし、そこに後悔なんてなかったと思 う。

29

つい先日、29歳になりました。 30歳まであと360日くらいで、悪い意味で大人になってしまったような気がしました。 悪い意味で、というのは、身の回りのことに多くを求めなくなってきた実感があるのです。 仕事についていて、続けられる見込みがあって、趣味も複数あって、身体も健康で、落ち着いた精神状態で生きていけるので、とても恵まれた環境の日々を送っている気がします。 人間関係も良好で、いい上司といい職場で新しい仕事が出来ているので、これを機にたくさん吸収していきたいと思っています。 趣味でいえば、新しくシーバス釣りにも行きたいし、自転車を購入して走りに行ってみたいし、株も始めたい。どれもサポートしてくれる素敵な人達が周りにいるので、見渡すと恵まれているなあと思うわけです。 昔の付き合いもあるうえに、新しい付き合いもいくつか広がっていて客観的に言ってもいい環境。 でもでも、昔はそれでもさらに欲があった気がするんですよね。 あれしたい、こうなりたい、こうあるべきだ等等、成就可能性は別として、夢を見ていたんだけど、今は目の前にあることに感謝し、スケールの小さい人間になってしまった気がするのです。 贅沢なのかもしれないけど、俺にしか出来ない打ちこめるものを、求めている気がするんです。 そう思えるようになったのは、余裕が出てきた証拠なのかな。

準備

新年あけましておめでとうございます。 2013年は、今までの28年がそうであったように また想像がつかないようないろいろなことが起こる1年になると思います。 そんないろいろなことが起こる毎日について、ふと考えたことを今日は綴ってみたいと思いました 待ち受けているすべての物事には、事前に準備ができるものと、そうでないもの、すなわち突然おとずれるものがある。 準備ができる物事は、全ていい準備をして臨めたら、落ち着いて対応して、いい気持ち(緊張も)で過ごせて、結果的にうまくいく、もしくはうまくいく可能性が高くなる。 突然おとずれる物事は、びっくりするし、あせるし、すぐにいい行動や意思決定をするのがむずかしい時がある。もちろん、その場の行動でうまくいくこともあるけれど。 世の中の全てのことって、大雑把に大きくわけると、この2つに分けられると思う。 自分はそれに対してどうかというと、「準備ができる物事」については良く調べ、周りに聞いて、自分なりの準備をしている。それが習慣になり、ルーティンになっていることも多い。これが何事にもしっかりできる人は、努力家とか真面目と捉える人も多くて、実際にそうだと自分でも思う。それに加えて緊張しやすい性格や、人前で恥をかきたくないとか性分が影響していると自分では感じる。 まず、新しい経験をする際には、必ず誰かに話し、まず意見をもらう。本を読むときもあるし、ネットでは必ず検索エンジンで叩いて過去の経験者の体験を読んで頭で空想する。そうやってある程度情報を得たうえで、今度はいかに準備をしていくかを段階的に整理をし、そして準備の実践に移る。 準備の実践では、思っていたほどうまくいかなくて焦ることもあれば、案外楽勝だと感じで時間や労力をコントロールしたりする。この間も、身近な人に近況を話したり、過去の経験談を参考にして自分の状態が問題ないかを随時確かめてみる。 そうして準備を段階的に進めていって、最後に本番のようにリハーサルを何度もし、「これだけ準備をしたんだからきっとうまくいく」という自信と「準備をしても、失敗は誰にでもあるんだから」という予防線を心に持つことで、本番に精神的に楽な状態ではいっていけるようにする。 時間や人間関係(相談できる人の有無)などで左右されるものの、このプロセスを幾度も繰り返して生...

2012と来年に向けて

あと40分で2013年となる 今年もあとわずかだが、まじめな感じで2012年のおもうところを総括したい ・仕事については、自己採点50点 新しいことを任されて、失敗も多々あった上に、「もっとうまくやれたはず」という想いがあった くよくよとへこみ、周りに相談してしまうことも多かった(これは性分だが) ゆえに、2013年は仕事においては更にスマートかつタフに業務遂行するというのが目標。 だけど、そんなにアバウトだと達成しないから ①自分で調べてもがく(本を読む)、複数案を考える ②周りによきアドバイスをもらえる人を増やす、そういう人間関係を構築していく ③オンオフ切り替えを完璧に この3点をまず実施したいと思う。 ・サッカー関係については、自己採点80点 ことしはかなり充実していたと思う。プレーではどのチームでもFWとしてプレーさせてもらえて、周りに頼られるようになった。 特に高校時代からのチームメイトからは、「おまえが現役時に早く(膝が)治っていれば勝てたのに」とか「今のチームの①トップは間違いなくおまえだ」とこの上なくうれしいコメントをもらった。 これに恥じないように、俺はもっともっとうまくなりたいし、もっと賢いプレーも、苦しいときに味方を救う走るプレーもしなくてはならない。自分がキャプテンのつもりでやろうと思う。 こういう目標がはっきりと出来たのは高校引退以来、初めてだから、今は本当にうれしい。 プレー以外でも、レッズの観戦にもたくさんいけた。たぶん過去最高の回数参戦した。 靭帯の怪我と生涯真面目に付き合うこと、それから悔しい試合や苦しい時間もこれからあるとしても、死ぬまでサッカーと付き合って生きたいと心で再認識できたのはとても精神的によかった。 80点にしたのは、大事な試合でシュートを外したことと、もっと俺は走れたからと思うから。 来年はさらに充実させた1年にしたい。 ・人間関係については、自己採点無し いろいろな人に支えられていると感じた1年だった。結婚式の2次会の司会もしたし、セミナーでプレゼンしたり、就職活動の相談に乗ったり、と人に任せてもらえる喜びはとても感じた。でも喜びだけで、満足してはいけない。俺はもっともっとやれる。アイ...

久しぶりのサッカー

今日は会社全体のサッカー大会ということで 駒沢公園オリンピック競技場でサッカーをしてきました フットサルは毎週やっているけれど、フルコートのサッカーはおそらく数年ぶり。 4年ぶりくらいかな。実際のプロなんかと同じ広さでの試合というわけですよ。 広さでいうと ①フットサル(フルコートの4分の1から3分の1) ②ソサイチ・7人制(フルコートの半分) ③サッカー(フルコート) という違いがある。 広さが違うと、対人の距離も大きく変わり、ボールタッチもパスも、いつもフットサルやっている感じでは上手くいかなくて なかなか大変でした 結果は1-2で負けてしまいましたが、1点とれたし、何より久しぶりにサッカーが出来て本当に楽しかった 昨年は膝の手術をして一切サッカーなんて出来なかったから。 まだまだボールの扱いもシュートも本調子ではないけれど、体力だけは十分通用するし、負けない気がしました。 2試合目もやりたかったくらい。 今は怪我もなく、いい調子でプレーが出来ている。そして今年は試合で必ずゴールが決まっている。 いつもピッチに感謝して試合に臨むことと、下半身のストレッチを入念にやるようにしていること、食事のバランスに気を使うこと、試合後に入念にマッサージをすること(今日も行った) これらは、ようやく最近になってはじめたことだ。 体重が少し重いだけで、足腰の負担は変わるし、柔軟性が足りないと、すぐに筋肉は怪我をする。 すべて小さいことかもしれないけれど、こういう積み重ねは、サッカーを続けたいなら進んでやっていきたい。 今までもこれからも、本能でプレーするスタイルは何も変わらないけれど、これから加えて意識して知識を付けて、それを生かしていくことで、よりいいプレーが出来たらいい。 今日はもっと走れたし、もう1点取れた。シュートももっと打てた。味方を救うようなプレーももっと出来たはずだ。 飽くなき気持ちにさせてくれるのが、サッカーの一番いいところだと思う。