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時間軸と悩むこと

今年もあっという間に年の瀬になってしまいました。 1週間が矢のように速く過ぎて行くなあと、毎週思います。 子供の頃に比べると、時間の経つのが速く感じるというのは良く聞く話だ これは年をとることによって、変化に疎くなっていくからこのように感じるのだそうだ 子供の頃は新鮮なことが多く、色々な変化に敏感だったから、毎日が長く感じるのだとか。 逆に老人は、単調な毎日だから、すぐに朝が夕方になり、「今日は何日だっけ?」という時間感覚になる。 時間の過ぎ方は自分の状態によっても変わる。 体調が悪いような、辛い嫌な時間はとても長く感じるし、ハッピーで充実している楽しい時間はあっという間に終わる。 つまり、年齢によっても自分の状態でも時間の流れ方は変わってくる。 と、いうことは、時間は各人平等に与えられているわけではないということか。 24時間365日は、人によって長さが違うのだ。 この内容を、大学時代に客観的時間軸(各人平等な時間)と、主観的時間軸(自分の感じる時間)というふたつに分けて、論文を書こうとしたのを想いだした あれから数年、振り返るとあっという間に過ぎて行ったが、思い悩む時間はとても多かった 悩むことが必要十分な内容もあれば、過度に悩んでとりこし苦労な内容も多かった 逆にもっと悩むべき内容もあったのかもしれない 悩むことが習慣となっている俺がだした一つの結論は、悩みの99パーセントは 1年後には必ず忘れて気持ちよく生きているということだ ほとんどは1年どころか1週間程度で忘れていることが多い 7割くらいは2日程度で忘れている。 残りの1パーセント、1年以上の忘れられない悩みは、付き合っていくことを受け入れて楽になる。 俺は、その意味で未だ永久に悩まされる悩みに出会ったことはない。 今後も性格上、数えきれない程悩むことであろうが 自分なりの上記の統計を思い出せば、少しは、悩まずに即座に切り替えられるようになるのだろう

仕事の集中力を高める方法①

以下のサイトからの引用ですが、コピペします。 http://lifehacking.jp/2007/05/48-minute-session/ 1時間を 48 分と 12 分に分割して、48分間はすべての雑音をシャットアウトして集中して仕事を片付けていき、その後12分間リラックスしてトイレにいったり、コーヒーを飲んだり、ちょっとメールをチェックしたりするというものです。 たったこれだけのテクニックですが、リンク先のブログにはこのテクニックを1日4回実行させることで、200ページの本を2週間で書き上げた人の話も紹介されていて、仕事のペースを作るのには非常に役立ちます。48分:12分 の分け方も恣意的ですが、実際にやってみると良い目安となっています。私の意志が弱いだけかもしれませんが、どうも集中力というのは1時間ちょうどではなく、せいぜい1時間弱しかもたないようです。 このテクニックが有効なのは、やる気や集中力を燃え尽きる直前のところで制御するという点にあります。私などは一度に仕事を詰め込みすぎるとかえって急速に燃え尽きてしまい、なんだかいやになって現実逃避にウェブをさまよい始めるという悪癖がありますので、このテクニックは割と頻繁に使います。 注意したいのはこの12分の休息は義務だということです。「おっ、調子がいいからこのまま続けよう」という発想で 48 分のリミットを超えて仕事を続けると、あとでガクッとエネルギーが足りなくなる傾向があるようです。

セレクト

このブログは、把握している限りでは 2名しか読んでいる人がいないということから 今日はプライベートな話題を書いてしまおうと思う 最近は人生で初めて2人の女性を好きになった といっても、2人と同時に付き合っていたわけではないから 二股をかけたとか、浮ついたものではなかったと、自分では思っている むしろ心底真面目に悩んでしまった しばらく人を好きになっていなかったため、それだけの人が2名いて幸せ者だ と自分目線では思うんだけれど 相手在りきのことなので、そんな自分目線ばかりではいけないと思っていた たくさん会って話をして、その人を良く知ってから、結論(付き合うか、そうでないか)をだそうと思っていたし 自分にはそれが出来ると信じていたけど そうはいかなかった 俺も悩んでいるのが辛かったし、相手も辛そうだった だから結局感情を中心にして、感覚的に答えをだしたと思う そのために、ひとりの人とはお別れをすることになった すごく自分を想ってくれた人で、すごく俺と相性がいい人だった 家庭環境も、育ちも、考え方もシンクロしていたように思う 言わずとも考えていることが想像できた 俺は27年生きてきてそういう人に出会ったことがなかったから 話していて嬉しくなった 俺の弱いところとか、曲がったところも、受け止めてくれたり 俺のことをもっともっと知りたいと言ってくれた 俺だって人にやさしいと言われたことが幾度もあるし、世の中の人間の平均くらいのやさしさ は持っているけど、俺の100倍はやさしい人だった 案の定、セレクトした側は俺なのにもかかわらず、俺は未練がましくなった 未練を持つことはその人にも、もうひとりにも、大変失礼なことだと思っている 女々しいし、勝手だし、無責任だともいえる 理性はそうやって、その人を過去に追いやろうとするけど、感情は追いすがってくる それは紛れもなく俺が真剣だったからだ それだけ自分には大事な存在だったということだと思う 人生が難しいところは、今回みたいに、とても決められないものを決めなくてはいけない局面だ 俺も、誰も、神様も正しい答えを知らない 両方とも正解かもしれないし、どちらを選んでも後悔することもある ...

榛名湖

昨日は久しぶりに群馬県の榛名湖に、バス釣りに出掛けてきた 地元の小学校の先生(といっても年齢は2つ上の先輩)と、いつも2人で毎年行っている もう7年くらいになるのかな 朝3時に集合して、エクストレイルで関越を飛ばして、コンビニにも寄って 朝5時には湖に着いている で、桟橋からちょっと投げて 6時からボートにのって 途中でお昼休憩する以外は、夕方まですーっとボートからキャストを続ける 雨が降ったり、風が吹いたり、波が立ったりと、天候がいろいろで悩ましいけど ときどき日向ぼっこしたり、昼寝したり、お菓子を食べたりして 他愛ない話や近況を話す お互い公務員だけど、全然違う人生を歩んでいるので、気を遣うことは全くない ちなみに肝心の釣果だけど、俺は過去最高サイズと数を釣りました バス釣りって、一日投げまくっても0匹なんてザラなんですよ 1匹釣れても、20センチのちび1匹とかね(35センチ以上がまあまあ、50センチが大物) 昨日は41センチ、39センチ、37センチ、30センチ、20センチと釣れました!! 持っていたシャンパン色のルアーが当って、魚と何度も戯れました。 もちろん大自然の景色も堪能してきました。 霞がかかって幻想的な湖の姿や、思わず我を忘れる朝日と夕日の光景 さわやかな風が一日中吹いていて、汗ばむこともありませんでした 自分たちのように釣りに来ているひとも多かったけれど デートや観光に来ている人もたくさんいました サッカーやスポーツは、いつか出来なくなる日が来ると思うけれど この趣味は、対象魚を変えても生涯やっていけるものなので 毎年、シーズンを通して楽しんでいこうと思っています ちなみに冬は、トラウト(虹鱒)をスプーンで釣ります 春夏秋はバスを釣るので、本当に1年中楽しめる趣味だと思います

性格

今日上司達が話しているのをこっそり聞いていたことだけど 性格は歳をとるにつれて、変わらなくなるそうだ 確かにそうかもしれないな、と思った 俺は数年前まで、性格は変わる、成長して変えられるものだと 若い考え方をしていた そして、自分も理想の性格に近づけようと躍起になっていた覚えがある 虚勢をはったり、かっこつけたり(今でもそうかも) 自分の弱さを認めることも出来ない、痛い考え方だと思う じゃあ今は変わったんですか、成長したんですか? と聞かれると、案外そうでもないかもしれないなあと考えている やっぱり自分の理想はあるし、背伸びもする、無理もする。 そういう、何か現在の自分のすこし前と、遥か彼方にモノを置く生き方が染みついてしまっている。 認められないと気に食わないし、負けると悔しい、ミスをすると毎度自分を情けなく思う だから、いつも何かを追っていないと気が済まない 今は、莫大な仕事を覚えてこなす理想の自分も リハビリをこなしてチームに復帰する自分も 追い求めていると思う 満たされない気持ちが常にある ずっと自分を支えてきた考え方だから、きっと捨てることが出来ないんだと思う でも、少しだけ、ほんの少しだけ変われたかなと思うのは 休めるようになったこと マラソンで言えば、給水ポイントで、サッと給水して すぐ投げ捨てるような感じ まだ飲めるのに~って言われそうな感じ もっと休むのが上手い人は、水を飲みながら歩いたり ゆっくり歩きながらストレッチ出来る人だと思う でも、馬鹿みたいにストイックだったころと比べると ちゃんと給水出来るようになった点は 1歩成長したような気がする

9月

退院してはや1カ月がたってしまった ほとんど仕事とリハビリしかしていない毎日で 逆にいえば悩まずにすんだ 前に怪我したときは、サッカー部の皆がプレーしているのを ずっと片目で見ながら一人でリハビリをしていたので 毎日さみしい、辛い気持ちだったように思う あのころと比べて、人間的に成長できたのかと考える時があるが 寂しがり屋なのは1ミリも成長していないと思う 負けず嫌いなのも変わっていない 物事に思い悩む性格も同じ 人の目を気にしてしまうのも相変わらず と、短所ばかり考えても毎度いやな気分になるので そんなときは、今まで出会った人を思い出して、感謝をすることにしています これ、結構いいですよ。在り来たりかもしれなけど、満たされた気分になれる。 27年も生きると、かなりの人数と知り合っているじゃないですか 学生時代はもちろん、海外も10カ国いって、勤務先も3つ目になるので そりゃあ人との思い出も多いんですよ。 よく思い出すのは、去年働いていた時に自分が担当していた、生活保護受給者。 俺、100人くらい担当していたけど、すごく思い出に残ってます。 元ホームレスのじいさんとか、覚せい剤やって頭おかしくなっているオバさんとか 皆嫌がる仕事だけど、ちゃんと心が必ずあるんですよ 俺、真剣に向き合っていたからか、すごく親しくなれて 毎月、色んな相談に乗っていたのを思い出します。 俺が会いにいくと、すごく嬉しそうな顔をして、喜んでくれた人がたくさんいたので ああ幸せだったんだなと、いつも感じるわけです。 生活保護になる人は、治らない病気(エイズとか)や覚せい剤、知的・身体障害者、DVだらけなので ほとんど日々の人生で笑顔とか喜びを味わっていないんですよ そんな人に、食べ物とか、住居だけではなくて 喜びをちょっとでも与えられたのだから、いい仕事だったんだと思う。

靱帯の手術

久しぶりに更新することになったが、実は5月末にフットサルをしていて 膝の前十字靱帯を切ってしまいました この怪我は全治6カ月以上の大怪我であり 入院(1か月)と手術が必要なものであり 精神的ショックがはかりしれないほどありました ①サッカーやフットサルがもう思い切り出来ないかもしれないこと ②せっかく仕事に慣れてきたのに、1か月近く休みをいただくこと この2つに正直毎日思い悩みました 眠れなくなり、仕事もミスが多くなってしまったと思います その後思い悩みながらも手術を決意し、職場にも休ませてもらって 7月12日に入院、13日に手術 8月8日に退院し、今は仕事に復帰しています。 毎日リハビリを朝と夜にしているので、忙しくなってしまいましたが 元気になりました 今は8月ですが、来年にはフットサルに復帰できるでしょうか 実はこの大怪我、高校生の時にもやっていたので、今回で2度目です 2度、膝の前十字靱帯を切る人は1パーセントもいないらしいです なんで俺なんだよ、どうして俺が2度もやるんだよって、在り来たりに考えても見たけれど そうやって何か現実が変わるわけではないんですよね この怪我をすると、正座も胡坐も出来ない これから先、身体にも負担がかかる 膝は傷だらけで、中にはボルトが入っている 60歳くらいには、歩けなくなる可能性が人より高いみたい 主治医に、診断された瞬間は頭が真っ白になった。 「靱帯が切れている。手術をするか、それともしないで生きていくか、どうする?」 この手術をしない、というのは、サッカーを辞めていきていくということを意味するんだけど 俺、ホント1秒くらいで「手術してください。お願いします」って言ってたんですよね 「この先ボールが蹴れずに生きていく何十年を考えるほうが辛すぎる」 その想いだけだったんです だから、人生でそこまで好きになれるものに出会えて、本当に良かったと思っています。 本当に、幸せだと思ってます。 この怪我は、手術の前と、手術中...