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榛名湖

昨日は久しぶりに群馬県の榛名湖に、バス釣りに出掛けてきた 地元の小学校の先生(といっても年齢は2つ上の先輩)と、いつも2人で毎年行っている もう7年くらいになるのかな 朝3時に集合して、エクストレイルで関越を飛ばして、コンビニにも寄って 朝5時には湖に着いている で、桟橋からちょっと投げて 6時からボートにのって 途中でお昼休憩する以外は、夕方まですーっとボートからキャストを続ける 雨が降ったり、風が吹いたり、波が立ったりと、天候がいろいろで悩ましいけど ときどき日向ぼっこしたり、昼寝したり、お菓子を食べたりして 他愛ない話や近況を話す お互い公務員だけど、全然違う人生を歩んでいるので、気を遣うことは全くない ちなみに肝心の釣果だけど、俺は過去最高サイズと数を釣りました バス釣りって、一日投げまくっても0匹なんてザラなんですよ 1匹釣れても、20センチのちび1匹とかね(35センチ以上がまあまあ、50センチが大物) 昨日は41センチ、39センチ、37センチ、30センチ、20センチと釣れました!! 持っていたシャンパン色のルアーが当って、魚と何度も戯れました。 もちろん大自然の景色も堪能してきました。 霞がかかって幻想的な湖の姿や、思わず我を忘れる朝日と夕日の光景 さわやかな風が一日中吹いていて、汗ばむこともありませんでした 自分たちのように釣りに来ているひとも多かったけれど デートや観光に来ている人もたくさんいました サッカーやスポーツは、いつか出来なくなる日が来ると思うけれど この趣味は、対象魚を変えても生涯やっていけるものなので 毎年、シーズンを通して楽しんでいこうと思っています ちなみに冬は、トラウト(虹鱒)をスプーンで釣ります 春夏秋はバスを釣るので、本当に1年中楽しめる趣味だと思います

性格

今日上司達が話しているのをこっそり聞いていたことだけど 性格は歳をとるにつれて、変わらなくなるそうだ 確かにそうかもしれないな、と思った 俺は数年前まで、性格は変わる、成長して変えられるものだと 若い考え方をしていた そして、自分も理想の性格に近づけようと躍起になっていた覚えがある 虚勢をはったり、かっこつけたり(今でもそうかも) 自分の弱さを認めることも出来ない、痛い考え方だと思う じゃあ今は変わったんですか、成長したんですか? と聞かれると、案外そうでもないかもしれないなあと考えている やっぱり自分の理想はあるし、背伸びもする、無理もする。 そういう、何か現在の自分のすこし前と、遥か彼方にモノを置く生き方が染みついてしまっている。 認められないと気に食わないし、負けると悔しい、ミスをすると毎度自分を情けなく思う だから、いつも何かを追っていないと気が済まない 今は、莫大な仕事を覚えてこなす理想の自分も リハビリをこなしてチームに復帰する自分も 追い求めていると思う 満たされない気持ちが常にある ずっと自分を支えてきた考え方だから、きっと捨てることが出来ないんだと思う でも、少しだけ、ほんの少しだけ変われたかなと思うのは 休めるようになったこと マラソンで言えば、給水ポイントで、サッと給水して すぐ投げ捨てるような感じ まだ飲めるのに~って言われそうな感じ もっと休むのが上手い人は、水を飲みながら歩いたり ゆっくり歩きながらストレッチ出来る人だと思う でも、馬鹿みたいにストイックだったころと比べると ちゃんと給水出来るようになった点は 1歩成長したような気がする

9月

退院してはや1カ月がたってしまった ほとんど仕事とリハビリしかしていない毎日で 逆にいえば悩まずにすんだ 前に怪我したときは、サッカー部の皆がプレーしているのを ずっと片目で見ながら一人でリハビリをしていたので 毎日さみしい、辛い気持ちだったように思う あのころと比べて、人間的に成長できたのかと考える時があるが 寂しがり屋なのは1ミリも成長していないと思う 負けず嫌いなのも変わっていない 物事に思い悩む性格も同じ 人の目を気にしてしまうのも相変わらず と、短所ばかり考えても毎度いやな気分になるので そんなときは、今まで出会った人を思い出して、感謝をすることにしています これ、結構いいですよ。在り来たりかもしれなけど、満たされた気分になれる。 27年も生きると、かなりの人数と知り合っているじゃないですか 学生時代はもちろん、海外も10カ国いって、勤務先も3つ目になるので そりゃあ人との思い出も多いんですよ。 よく思い出すのは、去年働いていた時に自分が担当していた、生活保護受給者。 俺、100人くらい担当していたけど、すごく思い出に残ってます。 元ホームレスのじいさんとか、覚せい剤やって頭おかしくなっているオバさんとか 皆嫌がる仕事だけど、ちゃんと心が必ずあるんですよ 俺、真剣に向き合っていたからか、すごく親しくなれて 毎月、色んな相談に乗っていたのを思い出します。 俺が会いにいくと、すごく嬉しそうな顔をして、喜んでくれた人がたくさんいたので ああ幸せだったんだなと、いつも感じるわけです。 生活保護になる人は、治らない病気(エイズとか)や覚せい剤、知的・身体障害者、DVだらけなので ほとんど日々の人生で笑顔とか喜びを味わっていないんですよ そんな人に、食べ物とか、住居だけではなくて 喜びをちょっとでも与えられたのだから、いい仕事だったんだと思う。

靱帯の手術

久しぶりに更新することになったが、実は5月末にフットサルをしていて 膝の前十字靱帯を切ってしまいました この怪我は全治6カ月以上の大怪我であり 入院(1か月)と手術が必要なものであり 精神的ショックがはかりしれないほどありました ①サッカーやフットサルがもう思い切り出来ないかもしれないこと ②せっかく仕事に慣れてきたのに、1か月近く休みをいただくこと この2つに正直毎日思い悩みました 眠れなくなり、仕事もミスが多くなってしまったと思います その後思い悩みながらも手術を決意し、職場にも休ませてもらって 7月12日に入院、13日に手術 8月8日に退院し、今は仕事に復帰しています。 毎日リハビリを朝と夜にしているので、忙しくなってしまいましたが 元気になりました 今は8月ですが、来年にはフットサルに復帰できるでしょうか 実はこの大怪我、高校生の時にもやっていたので、今回で2度目です 2度、膝の前十字靱帯を切る人は1パーセントもいないらしいです なんで俺なんだよ、どうして俺が2度もやるんだよって、在り来たりに考えても見たけれど そうやって何か現実が変わるわけではないんですよね この怪我をすると、正座も胡坐も出来ない これから先、身体にも負担がかかる 膝は傷だらけで、中にはボルトが入っている 60歳くらいには、歩けなくなる可能性が人より高いみたい 主治医に、診断された瞬間は頭が真っ白になった。 「靱帯が切れている。手術をするか、それともしないで生きていくか、どうする?」 この手術をしない、というのは、サッカーを辞めていきていくということを意味するんだけど 俺、ホント1秒くらいで「手術してください。お願いします」って言ってたんですよね 「この先ボールが蹴れずに生きていく何十年を考えるほうが辛すぎる」 その想いだけだったんです だから、人生でそこまで好きになれるものに出会えて、本当に良かったと思っています。 本当に、幸せだと思ってます。 この怪我は、手術の前と、手術中...

被災者支援

あっという間に4月も終わりに近づきましたね 大きな震災があり、不安になって、また元気に頑張ろうという気になって、時は過ぎて行きました 都が開放した、東京武道館と東京ビッグサイトに被災者支援として働きました そこで感じたことは、日本人の思いやり精神はずば抜けているということ。 食べ物中心の物資の支援なんかはもはや当たり前で。 弁護士による無料の法律相談 美容師さんの無償のカットシャンプー 全携帯会社の無料のケータイ充電コーナー・電話回線 日本中の人から集められた無数の「ホームステイ受け入れ募集」 就職活動のためにスーツが必要なら、ここに電話くださいという掲示 寝る際にゴザが必要なら、何枚でも持って行ってくださいというゴザの山 被災した子供がさみしくないよう、たくさんのおもちゃまで。 武道館では白鵬関が炊き出しを ビッグサイトでは天皇皇后両陛下が訪れて励ましを そのほか書ききれないくらいのモノや想いが集まっていました 皆とても優しいんだなあと感じました もちろん、この優しさが被災者を充足させているかはまた別問題だし 優しくない一部の人間がいるのもまた事実ではあるんだけれど 言われなくても、何かしてあげたい、届けてあげたいと考えることが出来る 素敵な国民だなと感じました

退職と新職場

23年3月31日を持って新宿区を退職しました ある意味勝手なことをしていた自分に対して、職場の上司達は最後まで本当に優しくしてくださいました そしてプレゼント、色紙、はなむけの言葉まで頂いてしまいました 職場に恵まれるとは、まさにこのことですね そして23年4月1日に東京都庁入都 夜中まで新宿区の上司と飲んでいたため、二日酔いの中での入都式。 話題の石原慎太郎にもご対面してきました 配属の課などはとりあえず控えますが、本庁で広報の仕事をすることになりました 担当は俺ともう一人しかいなく、俺がメインなので、俺一人で都全体に配布するパンフレットの作成が出来ます。 これは面白そう。 企業と交渉したり出来ますね。 忙しそうな仕事だけど、職場の皆さんがとても優しい人ばかりで居心地も良さそうでした。 役所のパンフってかなり前例踏襲になりそうな印象なんだけど、どこかで俺らしさを出していこうと思っています。 今日はこの転機を祝して、腕時計を買いました。 オメガの時計です。 今までセイコーの8000円くらいのものを高校2年生の時から(約10年)使っていたのです 今回のオメガの時計、シンプルで綺麗なので大事にしたいです。

フットサル

最近高校時代のサッカー部の面々とフットサルをしています 土日の朝九時に、新宿の大久保公園でしています。 この友人たちが皆よく出来た奴らで、みんな凄い就職先で働いています。 リクルート・トヨタ自動車・アフラック・三菱東京UFJ・外資系広告代理店・衆議院事務局などなど・・・ なかには起業して既に会社経営者になっているやつもいます そういう意味では、俺も仕事頑張ろう、もっと向上心を持って生きようという気になります。 プラスのモチベーションですね。 今の俺がいるのも、やっぱりこの人達の影響はすごく大きかったと思う。 具体的に言うと、 何か人生に迷ってしまった時に 「あいつらならどう言うだろうか」と頭の中で思い出して考えることで 自分の行動に積極性が生まれて、攻めの選択をとることが出来るからです。 でも昔泥まみれになってボール蹴ってたころとなんら変わっていないんですよね、接してみると。 だから懐かしい気持ちにもなれる。同じ波長で笑うことが出来る。 ときどき無茶ぶりとしか言えない一発ギャグを振られたりすることは困るんですが 今後もいい付き合いを続けていきたいです。 なお、新しいユニフォームの背番号は7 都庁内定者の順位である、ラッキーナンバーを付けます(笑)